壁の話(2015年度東大院入学式宣誓全文)

先日の大学院入学式で、何の巡り合わせか新入生総代に任命され、宣誓を行う機会を頂いた。その時の宣誓文の全文を以下に掲載する。

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本日はこのような素晴らしい入学式を挙行していただき、心より感謝申し上げます。

実は私が入学式という催しに参加するのはかれこれ7年ぶりになります。というのも、私が大学に入学した2011年には東日本大震災の影響で入学式が大幅に縮小されてしまったためです。震災から先月で4年が経ちましたが、未だ多くの課題が山積みのまま残されています。またもう少し昔に目を向けると、今年2015年は色々な災害や事件、あるいは大戦からの節目の年ということも言われております。

さて、今我々はまさに大学院での学究の日々の入り口に立っているわけですが、その我々が避けて通ることができないのが「その学問がどう世の中の役に立つのか」という問いであります。この一見ありふれた問いは、実の所答えることが非常に難しいものです。というのは、我々の社会が現に直面している問題を解決する上でどのような知識が有用か見極めることすら時には難しいのに、その上この世界には我々を脅かす未知の問題が無数に潜んでいるためです。それはちょうど先ほど触れた災害や事件のように、我々が予想もしていなかった形で唐突に降りかかることもあれば、学問の営み自体が新たな問題を浮き彫りにすることもあります。

このように考えた時、学問、あるいは体系的な学知とはまるで、「未知なる脅威に対する人類の砦」のようだと私には思われます。東京大学憲章には「学術によって人類の発展へ貢献する」ということが謳われていますが、私はここでむしろ学術は人類の「存続」のためにある、と位置づけたい。思えば、我々のはるか祖先が初めて言葉を手にし、知識の蓄積が可能になって以来、おそらく一貫して知識は我々の生存を脅かす様々な脅威から我々を守り続けてきました。大学院で研究を行うということはいわばこの、未知の脅威に対する我々の砦の城壁――いつからそこにあるとも知れない苔むした土台の上に築かれた、高い高い壁――に、あらたな築石を積み重ねる作業に擬えられるでしょう。その作業の殆どは学問体系自体の壮麗さやある種の突出した成果の華やかさからは程遠い、地道なものとなるでしょう。しかし、これから我々新入生は、その一つ一つの築石の重みを信じ、引受け、誇り高く邁進していかねばなりません。

よって私は本学新入生を代表し宣誓します。学を志すものとしての矜持を常に忘れず、先人の積み上げた学知に敬意を払い、真摯な学究に努めることをここに誓います。

最後に、私自身が虚心坦懐に学び、自らの研鑽を絶やさぬことを改めて誓い、宣誓の言葉の結びと致します。

平成27年4月13日
総合文化研究科 田中涼介

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さて、スピーチで「壁の話」ということで、「もしかして卵の話?」と尋ねてくれた気の利いた友人もいたけれど、むしろこれだけ読むと『進撃の巨人』ファンみたいだ、と書き上げてから自分で思った。村上春樹も『進撃の巨人』もそれなりには読んだのだけど、今回この文章を書きながら意識していたのはポール・オースターの『偶然の音楽』だ。タイトルが示す通り「偶然」というテーマが形を変えて反復される小説なのだけど、近頃僕自身の生活とこの小説の間に思わぬ「偶然の交差」のようなものが3度あり、何か見えない物に導かれるような気分でこの小説から「壁」というモチーフを借用することにした。

作中では、ある男が色々な偶然に翻弄された挙句、古城の残骸である1万個の石を積み上げて、モニュメントのための「壁」を築く労働に従事させられるハメになる。男はせめてもの慰めにと電子キーボードを与えられ、F.クープランの『神秘な障壁』を弾く…。


宣誓文は(我ながら)ほとんど大言壮語的に響くが、同時に自分が今いる場所にいることの想像を絶する偶然さ・無意味さ、あるいは人生に何もかもが許されていることの寂しさに思いを馳せる日々である。



* 1つ目の「交差」は「車」で、作中で主人公はサーブ900という(当時大流行りしたらしい)スウェーデン車に乗ってアメリカ中を行ったり来たりするのだが、たまたま我が家の車がその後継機種にあたる93なのであった。僕も時々運転するのだけど、一度車庫入れに失敗してバンパーを破壊したことがある(もう15年物な上、サーブ社が倒産した関係で、一度修理に出すとパーツが届くまで2週間以上かかる)。2つ目の「交差」は「土地」で、主人公が出奔する直前にマサチューセッツ州サマヴィル市は僕が去年の9月から5ヶ月住んでいたところだったのだけど、帰国して何となく再びこの本を手に取るまで全く気づいていなかった。そういう訳で先月この小説を再読したのだけれど、その最中に訪れたコンサートのアンコールがまさに『神秘な障壁』だった、というのが3つ目の「交差」である。

* ところで、同じ「壁」音楽でも、これを聴きながら宣誓文を読むととてもシニカルで面白いかもしれない。




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