2020年12月31日木曜日

研究の紹介

論文が2報出たので、その解説がてら研究の紹介をまとめておくことにしました。

背景:なぜハエの視覚を研究するのか


視覚というテーマ

「なぜものが見えるのか」という「視覚」の問題が、脳・神経科学や心理学にとって重要な問題の一つであるということは、専門外の人には意外に響きがちです。これはおそらく、私たちが(たとえば思考・記憶・言語といった心の働きに比べて)全く努力をすることなく、絶えず「ものを見る」ことができてしまう、という事実に負うところが多いと思います。しかし、「見る」ことが私たちのほとんどにとって簡単であることは、私たちの視覚のしくみが簡単であることを意味しません。むしろ逆に、私たちがやすやすとものを見ることができる、ということじたい、脳がそれだけ大きなリソースを視覚につぎ込んでいることの顕れと考えることができます。視覚が脳や心のはたらき、あるいは知能と呼ばれるものの重要な一角を占めているという事実は、例えば今「人工知能」としてもてはやされている畳み込みニューラルネットが、(猫の写真を見て猫と認識する、といった)物体認識という視覚のタスクを扱う分野で発展してきたことや、その構造が脳の視覚系と多くの類似点を持っているということにも見てとることができると思います。

視覚は「計算」である

では実際に私たちがものを見るとき、私たちの眼や脳では何が起こっているのでしょうか。人間の眼がおおむねカメラと同じような構造になっており、レンズに相当する水晶体がフィルムに相当する網膜に外界の像を投影している、ということは、生物の教科書なり眼科のポスターなりでご覧になったことがある方が多いと思います。

問題はこの先です。網膜(の第一層)は、光受容細胞とよばれる生物学的な光センサがびっしり集まってできています。一つ一つのセンサは、網膜に投影された像のうちほんの小さな一点しか「見て」おらず、その点が明るいか暗いかしか報告することができません(デジカメの撮像素子1ピクセルと同じようなものです)。したがって、この光センサ群の出力は「網膜像の中の各ポイントがどれくらい明るいか暗いか」を表す数字の羅列とみなすことができます(数字でいっぱいのエクセルシートのようなものを想像してもらえばいいと思います)。このエクセルシートをもとにして、外界で何が起きているか(例えば外は明るいのか暗いのか、なにか動いているものはあるか、猫はいるか等)判別するために、網膜第二層以降の神経ネットワークはいろいろな「計算」を行う必要があります。

ではその「計算」とは具体的にどういうことなのでしょうか。エクセルの例えを続けるなら、例えばシートの中の数字を全部平均すれば、外界が今明るいのか暗いのかの目安になるでしょう。数字を各列ごとに合算してから、隣同士の列の数字の差を計算すれば、タテの棒状のもの(木や電柱など)を見つけるのに役立つかもしれません。他にも、光センサーの出力が時間とともに変わってるマスがあれば、そこになにか動いているものがあるのかもしれない、といった推測ができるでしょう。

このように、外界で何が起きているのかを「わかる」ために、脳は光受容細胞の出力を元に様々な計算(合算、比較など)を行っています。視覚を研究する脳・神経科学者や心理学者はこのプロセスを理解するために、大きく分けて ①そもそも脳は何を・何のために計算しているのか(何がそもそも見えているのか)、②その「計算」は具体的にどういうステップで実行されているのか、③神経細胞のネットワークがそのステップをどうやって実行しているのか、という3つの問いを問うています。

なぜハエか

私はとくにハエ(キイロショウジョウバエ Drosophila melanogaster)を使って視覚計算の研究を行っています。その最も重要な理由は、「神経回路へのアクセスの良さ」です。例えばラジオかなにかの電子機器がどうやって動いているのか、分解することで理解(リバースエンジニアリング)しようと思った時に、配線や個々の電子部品が全部白一色で、そもそも同じ型式の機器を二つ分解しても、どのパーツとどのパーツが対応しているのかすらわからなければ、そのラジオを理解するのはほとんど不可能になると思います。当然のことながら、神経細胞には抵抗のようなカラーコードがついているわけではないので、その意味で、脳はこの「白一色ラジオ」に近いといえるでしょう。

その点ショウジョウバエでは、一世紀以上遺伝学や発生学の研究に使われてきた経緯から、特定のパーツ=特定タイプの神経細胞のみに「色をつける」ためのツールが整っています。より具体的には、オンラインで注文した遺伝子組み換えのハエを色々と掛け合わせることで、ごく簡単に全脳のうちたった一種類のみの神経細胞に「色」をつけ、その活動を操作したりモニタしたりすることができます。このようなツールがなければ、上述した3つの問いのうち、特に神経ネットワークのしくみにまつわる第3の問いに答えることはほぼ不可能といって良いと思います。類似の遺伝学的なツールはマウスやゼブラフィッシュといった他のモデル生物でも整備されてきつつありますが、今の所その洗練度でハエに及んでいるとは言い難いです。加えて、ハエが複雑な視覚行動を見せる一方で、その脳がマウスやヒトのそれと比べ遥かに小さい(神経細胞の数にしてマウスの1/300、ヒトの1/50,000)ことも重要な利点の一つです。

ハエの脳を研究することに関してよく寄せられる懸念の一つは、昆虫の脳で得た知見がどれだけ私たち自身を含む脊椎動物に一般化できるか、ということです(もちろんできなければダメということではないですが)。確かに、脊椎動物と昆虫を含むグループが分岐したのは5億年以上も前のことなので、両者の視覚系に細胞レベルはもとより組織レベルでの一対一対応などはもちろんありません[1]。その一方で、視覚計算の基礎となる「神経細胞のはたらき」と、視覚系が見なければならない「世界の構造」は、動物種によらず共通しています。この二つの制約条件があるために、5億年という進化的隔たりがあるにも関わらず、ハエと脊椎動物の視覚計算には多くの共通性(すなわち収斂)があることが実験的に示されてきています。

論文紹介


Object-Displacement-Sensitive Visual Neurons Drives Freezing in Drosophila

Tanaka, R. & Clark, D. A. (2020). Current Biology, 30 (13) 2532-2550.

この論文では、ショウジョウバエの視覚系にあるLC11と呼ばれるタイプの細胞に注目し、その行動上の役割、計算アルゴリズム、およびその神経回路のしくみを多角的に検討しました。

背景:ショウジョウバエの脳とハエ視覚系研究の近年の動向

そもそも、ハエに脳がある、というとびっくりされる事があるのですが、ハエを含む昆虫にもちゃんと脳があります。ハエの脳はチェブラーシカの頭のような形をしています。チェブラーシカの大きな耳にあたるところが視葉(Optic lobe)と呼ばれる、視覚情報処理に特化した構造です。視葉は視葉板(lamina)視髄(medulla)視小葉(lobula)視小葉板(lobula plate)と呼ばれる4つの神経叢から構成されています。複眼の光受容器の出力は視葉板・視髄・視小葉ないし視小葉板の順に受け渡され、最終的に中央脳(チェブラーシカの顔面に当たる部分)に送られ、様々な行動上の意思決定に使われます。

ショウジョウバエの脳

歴史的に、ハエの視覚系の生理学的研究は、光受容器やそれと直接つながっている視葉板の細胞群(lamina monopolar cells, LMC)と視小葉板の出力細胞(lobula plate tangential cells, LPTC)に集中してきました。というのは、主にこれらの細胞が大きく目立つといった理由で、上述の「白一色ラジオ」状態でも比較的簡単に同定できるという利点があったためです。LMCは光受容器に直接つながっているだけあって、基本的には空間中の一点の明るさやその変化にしか反応しません。逆にLPTCは、動物自身が前後左右に動き回る時に生じるような、視野全体にまたがる複雑な動きのパターンに反応することが知られていました。しかし、そのような複雑な反応がLMCとLPTCの間でどうやって計算されているのかを突き止めることは、長らく困難でした。

ここ10年、ショウジョウバエにおいて特定の細胞種を標識する遺伝学的手法が上述の通り整ったことで、LMCとLPTCの間の視髄・視小葉板の神経回路の研究が飛躍的に進みました。とくに、視野の狭い範囲における特定方向への「動き」を検出し、その情報をLPTC等に伝えているT4・T5と呼ばれる細胞群については詳しい研究がなされてきました (例えばMaisak et al. 2013; Takemura et al. 2013)。T4・T5に関する一連の研究は、単なる「一点の明るさの変化」から「動き」というより重要で複雑な特徴量が計算される過程を、計算理論と行動実験、電気生理学、解剖学という異なる手法を組み合わせることで詳細に解き明かすことができた、ひとつのモデルケースになったと言えると思います。

視小葉板がT4・T5の出力層にあたり、「動き」の計算に特化していることが明らかになってきた一方、視小葉のほうが何を計算しているのかについての理解は遅れてきました。この状況を一変させたのが、2016年に出版されたJanelia Research CampusのG. Rubinグループの論文です (Wu, Nern et al. 2016)。彼らは、まとめて視小葉柱状細胞(lobula columnar cells, LCs)ないし視小葉板・視小葉柱状細胞(lobula plate / lobula columnar cells, LPLCs)とよばれる合計およそ30種の投射細胞をそれぞれ非常に特異的に標識することのできる新しい遺伝子改変ハエの系統を作り出すとともに、光遺伝学的なスクリーニングでLC・LPLCの活動が行動に与える影響をカタログ化し、またそのいくつかの活動を生理学的に記録することで、これらの細胞群がどうやら「近づいてくる捕食者」や「歩いている他のハエ」といった、様々な「物体」に応答するらしいということを示しました。これらLC・LPLCの局所的な「物体」への選択性は、視野全体の動きに反応するLPTCとは対照的です。この論文に続く過去数年間で、各種LC・LPLCの行動上の役割や応答特性を調べた論文が矢継ぎ早に発表されてきました (例えば Klapoetke et al. 2017; Ribeiro et al. 2018)。

論文の概要

LC11は、これら視小葉柱状細胞の一種で、とくに「動く小さな物体」によく応答することが上述の2016年の論文と続くKeles & Frye (2017) で示されていました。一方で、その行動上の役割や計算アルゴリズムの詳細、また入出力にあたる細胞種は不明でした[4]。自分はまず、そもそもハエが「動く小さな物体」を見た時にどのような反応を示すのかを行動実験で調べ(行動実験の様子)、その結果、ハエは小さい物体を見ると一時的に歩行を停止することを突き止めました。続いて遺伝学的な手法でLC11の出力を止めてやると、この「停止」行動が弱まることを示しました。またLC11を光遺伝学と呼ばれる手法で無理やり活動させてやると、ハエが歩みを緩めることを示すこともできました。これらの結果は、LC11がこの「小さい物体を見た時に歩行を停止する行動」に因果的に関わっていることを示唆します[2]

続いて、LC11がどのようなステップをふんで小さい物体を検出しているかを、生理学実験とモデリングによって調べました。「小さい物体に応答する細胞」は、ハエに限らずトンボなど他の昆虫の視葉や脊椎動物の網膜でも見つかっており、これらの細胞の応答特性を説明するため、「時空間的ハイパスフィルタ」「静的非線形性」を組み合わせた計算モデルが提出されてきていました。詳細は煩雑になるので省きますが、LC11の応答特性をうまく説明するためには、既存のモデルに「非線形な順応」と「空間的プーリング」のメカニズムを付け足す必要があることを自分は示しました。

この新しいモデルにおいては、LC11細胞が最後の「プーリング層」に対応するということを想定していますが、そうであれば個々のLC11細胞は多数の「すでに小さい物体に選択的で、かつ狭い受容野を持ち、非線形な順応を示す上流の細胞」の出力を受け取っていると予測することができます。私は、視髄と視小葉をつないでいるT3と呼ばれるタイプの細胞がまさにこの「上流の細胞」に相当することを、解剖学的データベースの解析や神経伝達物質の蛍光可視化実験などによって明らかにしました。

まとめ

このプロジェクトでは、自分が大学院出願時に思い描いていたような多角的な視覚研究を総じて高いレベルで実現できたと感じています。特に、心理物理実験や神経イメージングだけでなく、計算モデリングや免疫組織化学染色といった自分のこれまでのエクスパティーズを超えた内容に挑戦できたことには満足しています。その一方で、題材の性質上どうしても「そもそもなぜこの計算が理にかなっているのか」という計算理論的な議論ができなかったのは心残りです。加えて、一つの目玉に据えようと考えていたT3に関する結果が競合(もう一箇所受験したUCLAの研究室)にスクープされてしまったのは、題材選びのレベルでの戦略的な甘さのツケが出たと反省しています(自分で発起したテーマではなかったですが)。現在はこの反省を踏まえ、もうすこし計算論的な議論がしやすく、かつLC11の各種実験で培ったノウハウを活かせるようなプロジェクトを進行しています。

Mechanism for analogous illusory motion perception in flies and humans

Agrochao, M*., Tanaka, R*., Salazar-Gatzimas, E., and Clark, D. A. (2020) PNAS.  *equal contributions

この論文では、止まっているグラデーション模様がなぜか動いて見える「フレーザー・ウィルコックス錯視」がハエにも見えることを示すとともに、その神経機構がT4細胞とT5細胞の出力の不均衡に帰着できることを指摘し、またヒトでの錯視も同様のしくみに基づいていることを心理学実験で示しました。

背景:フレーザー・ウィルコックス錯視

フレーザー・ウィルコックス錯視は、円周上に白から黒へのグラデーションを繰り返し配置した錯視図形であり、とくに周辺視野で観察した際に一方向にゆっくりと回転して見えます。フレーザー・ウィルコックス錯視にはグラデーションを離散的な色のパターンに置き換えたり、背景色を調節した「改良型」がいくつも存在し、中でも「蛇の回転」として知られるリンク先の図形は非常に強烈な動きの錯覚を催すことで有名で、中には見たことがある人もいるかと思います。フレーザー・ウィルコックス錯視やその改良型については、その錯視量に影響を与えるパラメタが心理学実験によって色々調べられてきていましたが、そのメカニズムを決定的に明らかにするには至ってきませんでした。例えば、「蛇の回転」錯視の見えの強さは、固視微動と呼ばれる細かい眼の動きに相関することが知られており、ここから何らかの形で眼球自体の運動が錯視の原因になっていることが示唆されてきましたが、なぜ平均して上下左右に同じだけ振れているはずの目の動きが、一定方向に動いて見える錯視につながるのか、その対称性の破れのメカニズムは不明でした。また、ヒト以外の動物では、サルやネコ、魚が同様のパターンに動きの錯覚を見ることが報告されてきていましたが、無脊椎動物での同様の報告はこれまでありませんでした。

フレーザー・ウィルコックス錯視


論文の概要

この論文では、まずハエにもフレーザー・ウィルコックス錯視が見えるかどうかをテストするための行動実験を行いました。ハエや私たち自身を含むほとんどの動物は、視野全体が一方向に流れると、体や眼球を反射的に動きと同じ方向に動かすことで進路や視線を安定させる、「視運動反応」という反射を示します。人間以外の動物に知覚内容を報告させることができませんが、この反射を観察することで、ある視覚刺激がハエにとって動いて見えているかどうかが推測できる、という寸法です。自分たちはまず、ハエの周りにグラデーション模様を配置することで、ハエに視運動反応らしき回転を起こすこととができることを確認しました。続いて、ハエの脳で運動の検出を担っているT4・T5細胞の出力を遺伝的に阻害することで、このハエにおける「錯視」を消去することができた。この結果は、ハエが単に(例えば)明るさの情報を使ってグラデーション明るい方へと曲がろうとしていた、というのではなく、実際にグラデーションが動いて見えていたことを強く示唆します。

1報目の論文の解説の背景の部分で述べた通り、T4・T5細胞は基本的に動きの検出器としてとらえられてきました。しかし、ハエのグラデーション模様への反応がT4・T5細胞を必要とするという実験結果は、T4・T5細胞が実際には止まっている視覚刺激にも反応することを示唆します。そこで、同様のグラデーション模様を見せながらT4・T5細胞の活動を2光子カルシウムイメージングで調べたところ、これらの細胞がグラデーションの継ぎ目の、白と黒が接するエッジ部分によく応答することが判明しましたた。詳細は複雑になるので省きますが、この結果を簡単にまとめると、

  • 脳の内部処理的には、白と黒が接するエッジは、白が一方に、黒が他方に動いて”見え”ている
  • 白の動きを担当するT4細胞の出力が、黒の動きを担当するT5細胞の出力をやや上回っているので、白→黒の順のエッジだけを含んでいるグラデーション模様は総じて右に動いて見える
  • グラデーション模様で動きの錯覚が起きるのは、模様が白→黒のエッジ”だけ”を含んでいることが原因で、一般に風景は白→黒のエッジと黒→白のエッジをだいたい同じだけ含んでいるので動きの錯覚を起こさない

ということになります。この「T4・T5細胞群によるエッジへの不均衡な拮抗的応答が錯視を生む」という理論に基づけば、T4とT5どちらか一方のみの出力を阻害してやることで、錯視の量と方向を操作できることが予測できます。実際に遺伝学的手法でT4ないしT5の出力を選択的に阻害したところ、予測通りT5なしのハエは同じ方向により強い錯覚を、T4なしのハエは逆方向への錯覚を見ることを示すことができました。

最後に、この「白の動きと黒の動き」の不均衡に基づく錯視の説明がヒトにも当てはまるかをテストするために、心理物理学実験を行いました。もちろんヒトの脳の細胞を選択的に破壊することは倫理的にも技術的にも不可能なので、ここではかわりに順応現象を利用しました。被験者には、白いエッジないし黒いエッジのみが円周上を行ったりきたりする様子を一分ほど続けて観察し、その直後に現れるフレーザー・ウィルコックス錯視のパターンがどちら向きに回転して見えたかを二者択一で報告してもらいました。もしヒトの錯視もハエ同様「白黒の動きの不均衡」に基づいているのなら、この「白いエッジ」「黒いエッジ」の繰り返し呈示がT4ないしT5に機能的に対応するヒトの脳細胞のどちらか一方を選択的に順応させ、そのバランスを崩すことで、ハエ同様錯視の逆転が生じると推測できます。当然ヒトの脳はハエの脳より複雑で、結果にはそれなりのニュアンスがあるものの、基本的にはおおむね予想通り錯視を逆転させることなどがわかり、ヒトとハエの錯視のメカニズムの共通性が示唆されました。

まとめ

このプロジェクトでは、自分が学部・修士時代に培ったヒトの心理実験のノウハウや、そこで扱った錯視というテーマをうまく新たな土俵で存分に活かしたという意味で、かなり自分の色が出せたと言えると思う。この論文自体は(自分が目指していたように)ハエやヒトの視覚計算に関して新たな生態学的・理論的知見を提出しているわけではありませんが、フレーザー・ウィルコックス錯視という一見「バグ」のようにも見える現象が、(おそらく収斂的なメカニズムを通じて)ヒトとハエという大きく経だった系統間で共有されている、ということを指摘したことは、視覚の生態学的な制約条件の重要性にスポットライトを当てることにはなったのではないかと思います。また、この論文は研究室のポスドクと共同筆頭という形で進めたのですが、複数人でプロジェクトを進める際の責任の分担のあり方やコミュニケーションの重要性という面でも学ぶところが多かったです。

脚注

[1]昆虫の視覚系でもっとも目立って脊椎動物と異なっているのがその複眼です。よく勘違いされるのですが、複眼を持っている動物は、万華鏡のように「世界の像を何重にも見ている」わけではありません。複眼の一つ一つのユニット(細長いクラッカーのような形をしている)は、我々の網膜上の一つ一つの光センサと同様に、外界のたった1点の明るさのみを見ており、そのユニットの集合体全部として一つの外界の像をサンプリングしています。脊椎動物やイカ・タコのカメラ眼と節足動物の複眼の違いは、要するに光センサの配列が引っ込んでいるか(カメラ眼)出っ張っているか(複眼)という点に過ぎません。

[2]この地味な行動が実際何の役に立っているのか、あるいはここでの「小さい物体」が野生環境下で何に相当するのか、はこれらの実験からは知り得ないですが、例えば捕食者(トンボとか)に見つかるのを避けるため、といった解釈は一応可能です。

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